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札幌地方裁判所 昭和32年(ワ)26号 判決

原告 原テル

被告 桑原ヨシ

主文

被告は原告に対し金四万二千五百円及びこれに対する昭和三十二年一月二十七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告、その一を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金一万円の担保を供するときは仮に執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金十三万八千五百円及び内金十二万五百円に対して訴状送達の翌日より、内金一万八千円に対して請求の趣旨拡張申立書送達の翌日よりそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告は被告の夫訴外桑原昭雄に対し昭和十二年九月以降別紙目録記載の原告所有の本件家屋を賃料一箇月金二十円、毎月末支払の約で期間の定めなく賃貸し、その賃料は数度の値上げを経て昭和二十八年一月一日以降は一箇月金三千円に改定された。しかるに同訴外人は昭和二十八年九月以降の賃料を支払わないので、原告は同訴外人に対し昭和二十九年十一月二日到達の書面で延滞賃料の支払を同月五日までになすよう催告したが、右期間を経過するも支払わないので原告は同訴外人に対し同月七日到達の書面で右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたから同日を以て右賃貸借関係は消滅した。しかるに同訴外人は今日に至るまで延滞賃料及び契約解除後の損害金の支払にも、また本件家屋の明渡にも応じない。ところで、被告は同訴外人の妻であつて同人と該家屋に同居し自らの名義で家庭用金物店を経営しているものであるが、同訴外人の延滞賃料及び損害金の支払債務は民法第七百六十一条にいわゆる日常の家事によつて生じたものであるから被告は同訴外人と連帯して右債務の履行に応ずる義務がある。仮に右の理由による損害金の支払を求める原告の主張が認められないとしても被告は賃貸借関係の消滅後も依然として同訴外人と共同して本件家屋を不法に占有しており、原告は家賃相当額の損害を受けているのであるから、同訴外人と連帯してその賠償に応ずる義務がある。よつて原告は被告に対し、昭和二十八年九月一日以降同二十九年十一月七日迄の延滞賃料金四万二千五百円及び同二十九年十一月八日以降同三十二年七月七日迄の賃料相当額の損害金九万六千円、合計金十三万八千五百円ならびに内金十二万五百円に対して本件訴状送達の翌日より、内金一万八千円に対して請求の趣旨拡張申立書送達の翌日より各々完済に至るまで民法所定の利率による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ次第である。

と陳述し、被告の抗弁事実を否認すると述べ、立証として、甲第一、二号証、同第三ないし第六号証の各一、二、同第七号証の一ないし三、同第八号証の一、二、同第九号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告の主張事実中原告と訴外桑原昭雄間に原告主張の内容の賃貸借契約が成立していたこと、原告がその主張の通り同訴外人に対して賃料支払の催告及び右契約を解除する旨の意思表示をしたこと、同訴外人が昭和二十八年九月以降の賃料を支払つていないこと及び被告が同訴外人の妻であり今日まで本件家屋において家庭用金物店の経営に当つていることは認めるがその他は否認する、と陳述し、さらに原告主張の民法第七百六十一条に所謂日常の家事に関する法律行為とは、米、味噌、醤油、薪炭の購入等のことをいい、家屋賃貸借契約により生じた債務の如きはこれを包含しない、けだし、同法条の日常の家事とは、日常の家庭生活において必要とされる前者の如き些末な法律行為を指すのであり、夫婦の何れにおいてもその場に居合わせたものが他の一方に特に相談する迄もなく為し得る家事であり、又それに応ずる第三者から見ても特に夫婦の一方に特定する必要のないような行為をいうのである。ところが家屋の賃貸借契約というものは、いやしくも不動産に関する契約であり、右のような安易軽微な法律行為でないことは明らかであるから、かゝる行為は同法条規定の日常の家事に関する行為に該当しない、次に損害金の点については、被告に本件家屋の不法占有がなく、従つて被告は夫の訴外桑原の不法行為上の債務とは第三者の干係に立つから、被告が同訴外人と連帯債務を負担する筈がない。抗弁として、昭和二十八年一月以降の賃料が一箇月金三千円になつたのは、本件家屋の屋根に雨洩り箇所があるので、原告がその破損箇所の修理をすることを条件そして同訴外人が賃料の値上げに応じたことによるものであるが、原告は右義務を履行しないのであるから同訴外人にはまだ賃料支払の義務は発生しておらず、従つて賃料不払を理由とする原告の契約解除の意思表示は効力がないからその有効なことを前提とする原告の本件請求は失当であると述べ、立証として、乙第一、二号証、同第三ないし第五号証の各一、二を提出し、証人桑原昭雄の証言を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

原告と訴外桑原昭雄との間に昭和十二年九月以降原告主張の内容の賃貸借契約が存在したこと、原告が同訴外人に対し昭和二十八年九月以降の賃料不払を理由にその履行の催告と契約解除の通告をなし、同解除の通告は同二十九年十一月七日同訴外人に到達したこと、右契約解除後も同訴外人は賃料を支払わないで依然として本件家屋を占有していること及び被告は同訴外人の妻であり、本件家屋に同訴外人と同居して自己の名義で家庭用金物店を営んでいるものであることは、いずれも当事者間に争いがない。

よつて案ずるに、被告は原告と訴外桑原昭雄間の本件賃貸借の賃料が昭和二十八年一月一日以降一箇月金三千円と改定されたのは、原告が本件家屋の屋根の破損個所を修理することを条件としてなされたものであると主張し、成立に争いなき甲第二号証、乙第四、五号証の各二は一応これに符合するが、右各証拠は被告の主張を認めるに足りる程適確なものではなく、その他被告の全立証をもつてしても右の事実は認められず、却つて成立に争いない甲第八号証の二、乙第三号証の二、証人桑原昭雄の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告と同訴外人は屋根の修理義務とは別個に本件家屋の賃料につき一箇月金三千円を相当とし、昭和二十八年一月分より同額まで値上げすることを合意したことが認められるので被告の右主張は爾余の点について判断する迄もなく失当である。そうすると原告の同訴外人に対してなした契約解除の意思表示は有効に成立しているわけで、右意思表示の同訴外人に到達した昭和二十九年十二月七日をもつて本件賃貸借契約は消滅したから、その後同訴外人は本件家屋を不法に占有しているものという外はない。

そこで先ず、延滞賃料の請求について考えてみるに、一般に夫婦が共同生活を営むために家屋やその一部を賃借する行為は、家屋の売買や抵当権の設定などの行為とは異り、夫婦共同生活の維持のための物質的基礎として日常の家事に緊密な関連を有する行為であるから民法第七百六十一条にいわゆる日常の家事に関する法律行為に属するものと解すべく、従つて家賃は勿論のこと、少くともその不履行の場合の遅延損害金については夫婦は連帯してその支払義務を負うと解するのが相当である。しかして本件賃貸借契約が被告と訴外桑原の夫婦共同生活の維持のためのものであることは前示争いなき事実より明白に認められるところであるから、被告は同訴外人と連帯して原告に対し原告主張の昭和二十八年九月一日以降同二十九年十一月七日迄の延滞賃料金四万二千五百円及びこれに対する遅延損害金の支払義務があるものといわなければならない。

次に賃貸借契約終了後の不法占有に基づく損害金の請求について案ずるに、前説示の如く、通常の家屋賃貸借契約を日常の家事とみる以上、広く解すれば右損害金も一応家屋賃貸借契約に関連するものと考えられるが、然しながらそれは賃貸借契約によつて生じたものではなく、全く異る不法行為という別個の事実より発生したものであるから直ちに右の損害金支払義務を民法第七百六十一条の日常の家事による債務の内に包含させる訳には行かない。むしろ同法条は、連帯債務の発生に関する特則としてその範囲の認定に際しては慎重な考慮を要するものというべく、従つてたとえ日常の家事に関連して生じた債務であつてもそれが不法行為によつて生じたものである以上一般の不法行為制度によつて妥当な解決をはかるべきものとし、不法行為による債務はこれを除外する趣旨と解するのが相当であるから、原告の民法第七百六十一条を理由とする損害金の請求は失当といわなければならない。原告はさらに予備的共同不法行為を理由として損害金の請求をするので判断するに、被告が本件家屋に賃借人たる夫と共に賃貸借契約終了後も居住して自己の名義で商売を営んでいることは当事者間に争いなく、又証人桑原昭雄の証言によれば被告の名義ではあるが実質的には両名が共同で右の商売を経営しているものであることが認められる。ところで、本件において共同の不法行為と言うがためには、先ず夫婦双方が独立して本件家屋につき不法占有を構成することが心要なのであるが、通常家屋の賃貸借の場合においては賃借人に非らざる妻はたゞ夫に随つて居住するもので、その占有は独立性をもたず夫の占有を補助するに過ぎなく、従つて不法占有者たる責任は夫のみこれを負担し、妻は共同不法行為者とならざるを原則とすると解すべきところ、本件の場合前示の事実のみによつては未だ被告の行為が独立の不法行為としての価値あるものとは認め難く、その他原告の全立証をもつてしても、被告の行為が独立の不法行為としての価値あるものなることを肯認するに足りる特別の事情の存在は認められない。そうすると、この点において原告の右主張は失当であるから、共同不法行為を原因とする損害金の請求もまた理由がない。

結局原告の請求中被告に対し延滞家賃金四万二千五百円及びこれに対する訴状送達の翌日であることの記録上明白な昭和三十二年一月二十七日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべく、その余は失当として棄却を免かれないものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用した上、主文の通り判決する。

(裁判官 石垣光雄)

目録

札幌市南一条東四丁目七番地

家屋番号 三番

一、木造亜鉛鍍金鋼板葺平屋建店舗

建坪 二十二坪五合の内

西側十一坪二合五勺

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